はい、社長の鈴木亮介です!!!
「一生、誰かの設計図通りに作るだけでいいのか?」 町工場の経営者なら、一度はそう自問自答したことがあるはずです。 実は、僕も数年前まで同じ悩みを抱えていました。
今日は、極東精機製作所が「完全下請け」を脱ぎ捨て、ODMメーカーへと進化した理由をお話しします。
【「部品屋」という天井に気づいた日】
かつてのウチは、典型的な「町の加工屋」でした。 業績を伸ばし、売上が3億円に到達した時のことです。 しかし、僕は心のどこかで虚しさを感じていました。 なぜなら、結局は「誰かの指示」を形にしているだけに過ぎなかったからです。
その時、創業者の祖父が遺した言葉を思い出しました。 【おれは部品屋で終わりたくなかったんだ】。 この魂を受け継ぎ、昇華させること。 それこそが、後継ぎである僕の「資格」だと確信しました。
【いきなりメーカーにならなくていい】
とはいえ、自社製品をいきなり作るのはハードルが高いですよね。 そこで僕が選んだのが、【ODMメーカー】という道です。 これは、技術だけでなく「企画」や「構造提案」までを丸ごと引き受けるスタイルです。
その象徴が、累計20万本を突破した美容機器「FACE-POINTER」でした。 美容という未知の分野でしたが、僕たちの「精密な構造設計」が大きな武器になったのです。 だからこそ、町工場には無限の可能性があると断言できます。
【「町工場」という言葉を終わらせる】
僕は「町工場」や「アトツギ」という言葉があまり好きではありません。 なぜなら、それらは過去に縛られているように聞こえるからです。 これからは、自ら発信する【ベンチャー工場】の時代です。
僕たちは、10年以内に年商100億円を目指しています。 そのためには、規模の影響力を持ち、産業構造そのものを変える必要があります。
【まとめ】
常識や前例に従うのはもうやめましょう。 大切なのは、目の前の「現実」と「結果」です。
【あなたは明日、どんなセオリーを破りますか?】
極東精機は、これからも「日本の製造業はまだまだやれる」と証明し続けます。 一緒に、ワクワクする未来を創りましょう!









