理念・沿革

飽くなきチャレンジと執念で、
最高のものづくりを。

社会に貢献する。

我々が社会の一員として
成し遂げなければならないことです。

創業者の鈴木福男は、
「ただの部品加工屋で終わりたくなかった」、
「世界で活躍できる会社にしたかった」と
生前話していました。

我々はそのチャレンジ精神を継いで、
ものづくりに真摯に向き合い、
ただひたすらに良いものを創る。
もしくは、それをサポートする。
それこそが我々が社会に貢献する道だと信じています。

極東精機製作所の創業者の外見
鈴木福男

2代目社長 鈴木健一

父から会社を受け継いで、付き合いのある会社などの刷新や機械の入れ替えなど、効率的な経営を目指して体制の改革をとにかく進めました。今の社長の亮介は、小さい時から初代とよく話をしていて、3歳の時には「自分が会社を大きくする」と言っていました。亮介が継ぐことはその時から確信があったので、引き継ぐ時には経営状態が荷軽な状態で渡したいと思っていました。今の社長に継いで、新しい考え方にどんどん変わっていったり、さらに新しい機械が入ったり、自分にはできなかったことをしているなとも感じています。

極東精機製作所の前代表取締役の外見
Kenichi Suzuki

3代目社長 鈴木亮介

初代である祖父は死に際に「ただの部品加工屋で終わりたくなかった」という言葉を遺していました。私は真の事業継承は「技や株や業務を継ぐだけでなく、魂を継ぐことが最も重要」だと捉えています。初代の魂を継ぎ、ただの町工場ではなくメーカーを目指すべきだと考え、デザインや設計を独学で覚え新たな強みとすることを目指してきました。それが高収益化という成果に結びついてきており、これからも様々な挑戦をしていき日本の製造業最強伝説を復活させ様々な方(お客様、協力会社、社員の方々)を幸せにしたいと考えています。

機械の前に立つ極東精機製作所の代表取締役
Ryosuke Suzuki
極東精機製作所の歴史と未来の図

会社沿革

1948昭和23年
初代社長 鈴木福男が鈴木工業所として発足
1968昭和43年
有限会社 極東精機製作所を設立
1981昭和56年
株式会社 極東精機製作所に組織変更する
1991平成3年
第二工場を建設 シャワールーム、食堂を併設
1997平成9年
鈴木健一が社長就任に伴い、鈴木福男が会長に就任する
2006平成18年
研修生制度を導入、若手技術者が入社するようになり大幅に生産力を向上させる
2011平成23年
社員世代交代の時代に突入し、若手スタッフの教育に重点を置き外部内部の教育を充実させる
2014平成26年
六郷工科高校と協力しインターンシップ制度を導入
2018平成30年
当社初となる開発製品 FacePointer を発売
2021令和3年
鈴木健一が社長退任となり、鈴木亮介が代表取締役社長に就任